金沢市中央倫理法人会


by rinri_center

2008.6.5日第140回経営者モーニングセミナー

今朝も4時半起床。
日本一を目指す5月が終わって役員の皆さんもほっとした表情。
今日は会場をもとの広さに戻したが、なんか小さく見えて違和感あります(笑)
会長あいさつでは小原会長が板倉さんという競歩の選手のお話を。
優秀な選手だったのだが交通事故にあって半身不随になる。
しかし壮絶なリハビリと何度も大手術を繰り返し復帰。
自分に振り返ってみると、自分の悩みのなんと小さい事か。
運命とは自分の心の持ち方によって変わる。
今は大変な時代だが、世の中の役に立つ会社になりたいと思います。

本日の講師は金沢でも名店と言われる「つる幸」さんの若主人。
「料理の鉄人」やNHKの料理番組でもおなじみの方です。
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おはようございます。
うちの仕事は夜が遅いので、こんなに早いのは苦手です。
私は高校生の時は板前じゃなくてプロレスラーになろうと思っていました。
柔道もやっていたし、猪木さんが大好きで入門しようと思っていました。
だけど道場に練習を見に行ったとき、大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントが、若手をぼんぼんとぶん投げているのを見て、とても自分には出来ないとあきらめました(笑)
そんなある夜、TVでプロレスを見ていたら親父と母親に呼ばれました。
実は店を建て直そうと思うが、そうすると借金が子供の代にまで残る。
お前が背負う事になるが、それでもいいかと聞かれました。
後を継ぐかどうか決断を迫られた訳です。
その時、板前になることを決心しました。
高卒後、大阪の「味 吉兆」に修行に行きました。
ここは先日廃業した「船場吉兆」とは別の吉兆です。
私の師匠は先代の大旦那の右腕と言われた料理人でした。
もちろん一番下からのスタートです。他の同僚は辻料理学校を卒業したエリート料理人
ばかり。そんな中で「おまえ本当につる幸の息子か?」などと言われる毎日です。
しかしそのとき、師匠が俺は24才から修行を始めた。しかも戦争に行っていて左腕に怪我をして不自由だった。でも、人の何倍も努力した。人が10回練習したなら俺は100練習した。
やれば出来るんだと、励まされました。
当時はバブル全盛の頃で、本当に忙しく開店すれば客が列をつくという毎日。
料理も高ければ売れるといわれたものです。
でも先代の名言に「料理屋と屏風は広げたら倒れる」という言葉があります。
店をふやせば、ひとつひとつに目が届かなくなる。ていねいな仕事ができなくなる。
まさに今の「船場吉兆」がその見本だと言えるでしょう。
また「料理人は一代限りのこと」という言葉もあります。
聞いた時は、ドライな言葉だなぁと思いましたが、今になって振り返ると「その時代時代に
合わせた感覚で仕事をしろ」という愛情にあふれた言葉だったのではないかと思われます。

私は25才の時に金沢に戻りました。
そしてつる幸に入り、また一番したからやり直しました。
それはつる幸と吉兆が味もスタイルも違うからです。
そんなとき、「料理の鉄人」というTV番組の制作会社から電話があり、出演依頼がありました。父親は「あんな番組は最低だ!」と断固断りましたが、自分は「よく見ていますよ」と
言ったら、なんと出演することに決まり、父親には「勘当だ!」と怒られました。
ただ、吉兆の小山さんという方がフレンチの坂井さんに負けていたのを知っていたので、敵討ちにということもあり出場することになりました。
テーマも分からず(ヒントだけはもらいましたが)時間も一時間だけ。
相手は道場六三郎さん。大変な思いをさせていただきました。
その後、それが縁となりNHKの料理番組のレギュラーも9年間やりました。
日本料理は、本当に奥が深く、伝統的でありながら独創的な料理です。
9年間、レシピに苦労する事はまったくありませんでした。

楽しい話に会場も盛り上がり、ふと後ろを見ると立ち見の方もたくさんおられます。
本日の参加者は121名 社数は113名でした。

 次回の経営者モーニングセミナーの御案内
 6月12日(木)は 会場の都合でお休みします
 6月19日(木) 講話者は 北山クリニック 院長
                 北山 吉明 様
          テーマは「変われるということの大切さ」
 
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by rinri_center | 2008-06-09 14:56