金沢市中央倫理法人会


by rinri_center

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今朝も4時半起床。
真っ暗な道を走って会場に到着。
今日の役員朝礼は人数が多い。広い会場の端から端まで役員が並ぶ。
壮観です。みんな元気だなぁ!
会長挨拶では小原会長が七尾の倫理講演会について話した。
テーマは「家族」子供の事は絶対に信じろ。夫婦で挨拶をしよう。父と子とで手紙のやり取りをしよう。そしてそれをずっとやり続ける事が大切だと言われました。
続いて富士研修所に行っていた役員の皆さんの報告。
裸足で雪の中を散歩したり、雪の中で正座したり、ふんどしひとつになって水をかぶったり。
大変厳しい思いをしたが、とても感激する事ばかりで、行ってよかったと報告されました。

本日の講師は、マサゴ・ドットコム 代表真砂卓巳様 大阪鴻池純倫理法人会の事務長さんでもあります。
本日は大阪より他にお二人もセミナーに参加いただきました。
テーマは「苦難はイキナリから、幸福の門へ」
2005年の7月、私は倫理法人会をやめようと思ってました。
朝は早いし、行ってもそんなに勉強にならないと思っていたのです。
そんなとき、取り込み詐欺にあい、そのため資金繰りが非常に苦しくなりました。
毎日毎日、支払いの事で頭がいっぱい。
どうすればいいか?
倫理には「打つ手は無限」とありましたが、そんなことないと思う毎日。
苦難は幸福の門?
苦難はどこまで行っても苦難やろとしか思えません。
でもなんとか変えようと、毎日MSに通う事にしました。
ある人に指導を受けたらどうかと勧められ、重い受話器を持ち上げやっとの思いで連絡しました。

まず言われた事は「嫁さんにあやまれ」です。
なんで謝らないといけないんだと思いましたが、座ってくれと声をかけ、手を握って話をしました。
また、掃除の会への参加も勧められ行く事に。
行くと1000円の参加費を取られる?
なんで掃除するのに金取るんだ?
しかも便器の掃除をしたら、ここがまだ汚いと注意され、ペーパーをもらって便器の裏の黄色いところまでゴシゴシとこすりました。
手が痛くなりましたが、白い便器を見ると、これが気持ちいいんですね。
家に帰ってみる家のトイレも黄色い、会社のトイレも同じ。
それで毎朝、トイレ掃除をすることにしました。
そうすると不思議に仕事の電話がかかってくる。
乱雑が気になって机の上も片付ける。トイレも掃除しセミナーにも出る。
夜ふかしだった生活が、仕事前の掃除で朝型に変わってゆきました。

そんななか2月の自分の誕生日に息子からおめでとうメールをもらいます。
長男は出来が良く高校でもトップの成績、自慢の息子ですが、いままでそんなことしてもらった事がない。3月の卒業式には「来てくれ」と言われるし、4月就職した会社からもらった初給料まで使ってくれと渡された時には、ありがたくて涙が止まりませんでした。
「自分が今いるのは、親ががんばってくれたせいだ」と言ってもらえました。
そうやって実践を重ねているうちに、嫁さんにもありがとうと言えるようになった。
倫理で言う「悪い事」とは、感謝の心を持たない事。
取引業者が悪くても、選んだ自分も悪いんだと思う心。
また、お客様から儲けなきゃと思うより、お客様のためと思い、儲けが少なくても仕事をするという気持ち。
すると、仕事も忙しくなって来た。
儲かりはしないけど、仕事が沢山来るようになって金もまわるようになりました。

それに金はないけど家庭の雰囲気が良くなりました。
嫁さんが嫁いで来て苦労した話も聞けたし、素直な気持ちもわかった。
正月には次男から感謝の言葉と共にお年玉までもらいました。
これもまた感激で泣けました。
自分は幸せだなぁと思います。
倫理を実践する事によって、まわりが変わる、自分も変わる。
毎日が楽しいと思います。

講師の真砂様は、心のこもった話し方で途中息子さんの話では本当に涙ぐんでおられました。
本当に辛い思いを乗り越えて来られたのだなぁと、こちらも感激させていただきました。
ありがとうございます。

本日の出席者は57名。1月の皆勤賞は31名でした。
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by rinri_center | 2008-01-31 11:14
今朝も4時半起床。
とにかく寒い氷雨の降りしきる中を車で会場に向かう。
雨はこのあと、雪に変わりました。
今日の役員朝礼はめずらしく人が少ない、主な役員は研修に行っているとの事。
本当にお疲れさまです。
本日の講話者は、元小松市立女子校ハンドボール部監督 谷口俊春様
全国でも有名な女子ハンドボール部の元監督。全国優勝を19回も成し遂げた秘訣とは。
テーマは「教え子から学んだ一万日」

平成4年の6月26日、NHKのニュースにハンドボール部の一万日の練習記録が放送されました。
雨の日も雪の日も、正月も卒業式の当日でも、かかさず続けた1万日の練習。
32年間、一日も欠かさず続けた結果です。
最近、部活動は勉強の邪魔になる、部活動のせいで授業が出来ないなどという先生がいます。
それは間違った考え方です。
教育とは「心・技・体」総合学習なのです。
頭に知識を詰め込む事が教育ではありません。大事な事は普通にすることを、あたりまえに出来るようにする事。心と体をきちんと育てる事です。

私は中学2年のとき父を亡くし、母に代わり5人の兄弟、そして寝たきりのばあちゃんの世話をする事になりました。
朝5時に起きて、食事の用意、そしてばあちゃんのおしめを替える毎日。
手を切るような冷たい水も、なんで自分がという迷いも、高校まで日課として続けた結果、苦にならなくなりました。自分の甘えを自然や、周りの人が教えてくれたのです。
卒業後は日産自動車に勤務、しかし弟が白血病にかかり入院、90日後に亡くなりました。
その後、縁あって昭和40年2月11日に小松市立高校で教師になりました。
そのとき一二年生を集めてハンドボール部を設立。
学生の頃やりたくても充分やれなかったハンドボールを生徒と一緒にやりたいと決意を話しました。
私はやるからには、日本一になる。
チャンピオンではない、日本一努力するクラブにする。ついては毎日練習する。
一年365日、毎日一日も欠かさないで練習する。
しかし練習時間は3時間。高校生の集中力は3時間が限界、それ以上やっても効果がない。
その後、平成8年3月31日に退職するまで、31年と1ヶ月半連続練習を続けました。

谷口様のプロフィールにはこうあります。
全国制覇19回、全日本コーチとしても活躍、ヨーロッパ・中国・韓国にも遠征、日本スポーツ賞受賞2回、小松市文化賞、関西スポーツ賞などの受賞歴は多数。講演活動も教育会、スポーツ界・経済界と広きにわたり全国25都道府県、400回を越える。

人間の努力には限りがありません。
指導者は、自分の出来ない事をさせてはいけません。私が指導して全国制覇した生徒は、特別に才能のある生徒をスカウトして入部させたわけではありません。
ほとんどが近隣の普通の生徒ばかり、中には小児まひで小学中学と体育を休んでいた生徒もいます。しかしその子は全国3位の時のゴールキーパーになりました。
そして3年の時にはキャプテンを務めています。
そんな子達から、卒業式のときこう言われました。
「私がこの学生生活で一番学んだ事は、用務員のおじさんおばさんからです。かげひなたなく、毎日毎日私たちのために働いている。そして卒業式の時も出席することなく働いています。その心を学ばせていただきました」と・・・

実業団でも学んだ事があります。大会社の工場の600人の課長さんの学歴はほとんどが高卒でした。学力があっても家庭の事情で普通科にいけなかった生徒達です。
でもその人達が、いい仕事をして会社を支えている。
学力とはなんでしょう?
決して五教科では判断できるものではありません。教育とは社会に出て役に立つ事を教える事。
「学ぶ力」を身につけさせる事が「学力」なのです。

本日の出席者は57名でした。

講演の後、名刺交換させていただいた谷口様から翌日ていねいなお手紙をいただきました。
その内容は、自分の72年間の実績はすべて教え子達の実績であり、私自身は本当に運の良い人間でした。と書いてありました。
この謙虚さ、そして同封された人脈リスト、ご縁がありましたらお手伝いさせてくださいと言うありがたい内容に感動させていただきました。
ありがとうございました。
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by rinri_center | 2008-01-27 11:50
 今朝外に出てびっくり、不意打ちの銀世界。 早々車の雪を払って会場へ。
会員さんたちは雪にもめげず、元気にセミナー開始。
 
 会長あいさつ 「初めて成人式の講演をしてきました。昔は公民館で行われていたが、
最近はホテルで行われ、しかも親御さんの臨席もあるんですね。」 と時代の変化を披露。
 「しかし、時代は変わっても、与えられた環境を大事にし、志を持って生きることが大切。」

 本日の講話者は 金沢市会議員であり、トレンドエス㈱代表 
            国際空手道連盟極真会館 浜井派顧問の 川 裕一郎 様です
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 前触れは 『闘う政治家』 だったので、いきなり 『元気ですかー』 と叫ぶ姿を想像して
いましたが、あにはからんや 『にっこり握手を求められると、つい一票投じたくなる』
温和なお方です。

 本日のテーマは 『空手と政治』

 まずは生い立ち。 小学校3年の時に自ら給食係りに立候補されたそうなのですが、
『自分で配る立場だから、嫌いな物は自分の所へ来ない』との魂胆がバレバレで、
即クビになった、まるで カツオ君 の様な少年です。
しかし、翌年の山村留学における、畑仕事やキャンプなどの体験により好き嫌いが直り、
その自信が、中高時代の活動的なスポーツ(スキー、サッカー)に繋がったそうです。
地元のコンピューター専門学校を出られ、地元の通信会社に入社。
当時珍しい携帯電話の修理をなさってましたが、活動的故に営業に立候補。
さらに携帯電話販売会社に関わり、 27歳で150名の社員のリーダーになりました。
当時はバブルの絶頂期で、上司の退社問題を通し 『お金は人を変える』 と言うことを痛感。
バブルがはじけ、50店舗あったものを30店舗に減らす事になり、リストラ係りを担当させられ
仲間を切る、大変辛い仕事であった。そのためストレスを生じ、 30歳で退社。
2ヶ月の ”無の境地” の後、福祉の会社 トレンドエス を立ち上げる。
 
 政界の入り口は、現役市会議員のお父様の死であった。(H14.8)
2ヶ月の ”無の境地” の後、お父様の後を継ぐ決意を持たれました。
その時、反対されると思った奥様が 快諾 され、御家族の協力を得る事が出来ました。
しかし、次回選挙まで間が有り過ぎ、潰される可能性があると、粛々と過ごされます。

 空手との出会いは息子さんの入会でした。小学2年で 「勝てない、痛い」と息子さんの
ストレス状態を鑑み、父親として応援するつもりで御自身も入会。 が、 本気モードに
なってしまったそうで、肋骨の骨折をおして大会へ出場されるほどに。
遅くの入会故に、大会出場メンバーの中でも 『高い年齢、低い技術。浅い経験に深い怪我』
と言うことで、試合には負けましたが、 息子さんに ”闘う親の姿”を見せることが出来、
互いに励ましあうことが出来たそうです。 この様に、空手(武道)は 『力と感謝』 を
御本人と息子さんに与えてくれた様です。
この良き武道魂を活かし、選挙活動に入ることになるのです。

 選挙半年前からの本格的活動でしたが、組織が乏しく、立候補者兼選対本部長として
孤軍奮闘。 骨折した腕で握手をして回り、人事を尽されました。
まさに空手道精神ですね。
 投票締め切り時間を過ぎ、天命を待つ段になって初めて 『不安』 になったそうです。
その時も、奥様からの強い励ましのお言葉が・・・・  そしてトップ当選!

 現在空手で教わった 闘魂と弱者をいたわる気持ちを大切にし、福祉中心にがんばって
おられます。  昨年も、中国大連への空手の普及大使としての重責を担い、金沢市長の
親書を託される活躍ぶりです。
御自身のキーワードは 『挑戦』と言うことで、今後も益々の活躍が期待されるお一人です。


 本日の参加者は 66名 58社 

 最後に関西大震災の被災者に対し黙祷を捧げました。
 
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by rinri_center | 2008-01-18 12:20
あけましておめでとうございます。
今年も金沢中央倫理法人会をよろしくお願いいたします。

今年最初のモーニングセミナーは新年ということで、いつもと形が違います。
5時5分からの役員朝礼でも、その事で事前の説明がありました。
まず、開始前に新役員5名の辞令公布式。
6時からのセミナー開始には、国歌斉唱、続いて倫理法人会の歌。
朝のあいさつと輪読は省いて、倫理法人会の理事長の挨拶文を飯山幹事が代読しました。
その後、小原会長の新年の挨拶。
今年は年間参加者一位をめざしてがんばりましょう。
目標達成のポイントは「有意注意」
いつも注意を心がけること。常に大切な想いを心に抱いて事にのぞみましょう。

本日の講師は、石川県体育協会常務理事 菊田三代治様。
菊田様は、第28回アテネオリンピックのウェイトリフティング競技の日本代表監督でもあります。
テーマは「ウェイトリフティングに賭ける夢」
私は珠洲市の内浦の出身です。
大学時代にウェイトリフティング部に所属し、卒業後教員となって昭和57年に珠洲に帰ってきました。
そのとき、石川で高校総体があり、そのためウェイトリフティング部を急遽作る事になり、私が経験者として選ばれました。
まったくの初心者ばかりを集めて部員12名のクラブを立ち上げ、日本一にあると言う目標を立てました。
「願わない物はかなわない」
必死に努力を繰り返し、創部3年目の昭和60年8月5日についに初優勝を成し遂げました。
ただ、そのころウェイトリフティングと言う競技は参加人口も少なく、日本のレベルは決して高いとは言えなかったのです。
そこで私は、世界の重量挙げを学ぶため韓国に行きました。
そこで大きなショックをうけました。
日本とはパワーもスピードも違う、日本の重量挙げには足りない物が多すぎました。
私は行き詰まると自分に負荷をかけます、そしてそれをバネにして国体を目指しました。
まったくの素人だった集団を率いて平成3年の国体では3位。
また平成7年にはユース大会で日本の監督になりました。
まだまだ選手の層がうすかったのですが、なんとかチャンピオンを出したいとがんばりました。
そのためにはまわりの強力なサポートが必要になります。
私はナショナルチームの練習を見るためなんども東京まで通いました。
2001年、次回のアテネオリンピックの日本代表監督に選ばれました。
それからの4年間は大変でした。
なにしろ日本は20年間この競技ではメダルを取っていない。入賞すらしていない。
日本の選手にはパワーが足りません。
中国は多くの人材がいるし、ロシア人は生まれつき背筋力が強い人が多い。
では日本人が勝つにはどうしたらいいのか?
私は「プッシュキック式」という方法を考え出しました。
床を蹴ってその反作用を利用する方法です。
しかし残念ながらアテネではメダルも入賞もありませんでした。
オリンピックとは監督で行くものではない、選手で行くものだと思いました。

でもその後、金沢学院大学にウェイトリフティング部を創設。
金沢市のモデル事業として認定をいただき、全日本選手権では女子は初優勝、男子も6位入賞の好成績を残せました。
今年は北京オリンピックへの挑戦です。
これからも「子供達が夢を持てるような環境」を作る事を大切にしたいと思います。

大柄な引き締まった体、静かな語り口の中に、競技に対する熱い情熱が感じられました。
本日の参加者は73名 67社
皆勤賞の皆さん37名に景品が配られました。
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by rinri_center | 2008-01-13 13:04