金沢市中央倫理法人会


by rinri_center

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 次回第197回(第9条)経営者モーニングセミナーの御案内
 8月6日(木) 講話者は上島整骨院院主
               金沢市相撲連盟副会長
               金沢市中央倫理法人会会員
               上嶋 洋 様
          テーマは「癖で診る体を診る」 -異学と肉体改造論ー
今朝も4時半起床。
もうすぐ八月、夏も本番です。
会長あいさつでは飯山治郎会長がサービスの差別化について話しました。
よく他店との差別化ということが言われますが、差別化とはどういうことでしょう。
食品ならば、味や形、色やサービスを変える事でしょうか?
大切なのは、ある基準に基づいて分けてゆく事。
何を優先していくか。店でいうとまず商品力、販売力、そして人・サービス。
アスクルという通販会社があります。これは「明日来る」というコンセプトを
差別化のための価値にして成功した事例です。
このように企業資源が少ない中で、まず決めなければいけないのは、
なにを差別化するかと言う優先順位ではないかと思います。

本日の講師は、販売促進アドバイザー植茶 泰男様 。
テーマは「私の健康法」です。
私は1947年福井の生まれです。日本ビクターに入社、2007年5月に退社し
現在は金沢市に住んでおります。
60才のときライフスタイルを変える事を決心しました。
人生の目標は「80才まで生きて笑って死ぬ事」
そのための健康づくり、健康法です。
私は週一回、自転車とゴルフの日を決めています。
木曜日はトレーニングの日、そして土曜日は勉強の日。
週に4400kcalを消費するようにしています。
人間には絶対に運動が必要です。
人類の進化を見ても猿からアファール原人、ホモエレクトス、ホモサピエンスと
進化してくる中で、さまざまな進化がありました。
飢餓に対する対策、脂肪を内臓に蓄積する節約遺伝子、2足歩行、
それに伴う脳の巨大化、そして言語の発達。
内蔵脂肪は冷蔵庫と同じです。使わなければ腐ってしまいます。
使ってまた貯める、これが自然の姿です。
効率的に使うのは筋肉です、筋肉の基礎代謝量は60%~70%。
筋トレで筋肉の量を増やし、有酸素運動をすることにより体脂肪を消費します。
現代人は、運動不足なのです。
私は一日平均1万歩、歩く事を心がけています。
自転車は月1200Km、トレーニングは週一回。
体重も60才から比べると70Kgだったのが64Kgになりました。
体脂肪率は24%が現在19.8%になりました。

大切な事は3つ。
まず生活の中に運動を取り入れましょう。まず一日30分は歩く事。
そして明るく楽しく、運動をする。体調に合わせてマイペースでかまいません。
3つ目に、栄養と休養のバランスを取る事。
ウォーキング、サイクリングは、そのために最も簡単に出来る効率の良い健康法だと思います。

本日の参加者は64名 参加社数は60社でした。

お知らせ: 8月20日のセミナーより、現会場閉鎖のため会場が変わります。
       新会場は 『兼六城下町ホテル兼六』 です。
       お間違えの無いように。
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by rinri_center | 2009-07-31 20:38
 次回第196回(第8条)経営者モーニングセミナーの御案内
 7月30日(木) 講話者は ㈱販売促進アドバイザー
               金沢PHPほんとうの時代友の会事務局
           植茶 泰男 様
           テーマは「私の健康法」

 本日講師は、(社)倫理研究所 法人スーパーバイザー 角田恭恵様です。
以前、角田様のご主人のお仕事が順調であったにもかかわらず、
連帯保証人になっていたため、億の負債を背負ってしまい、会社は倒産となった。
恐いお金の取立てや、寝る場所どころか布団すらない状況になりました。
社会的地位や財産を失って、思うことは夫に対する非難でした。
 そんな折、倫理に出会って、「苦難福門」と言う言葉に出会います。
そして、失いもう戻れないと思った大事なものは、単に「見た目の価値」でしかなく、
もっと深いところに、もっと大事なものがある事に気付きます。
「見た目の価値」は氷山の一角であり、わがまま・恐れ・ねたみ等の負の言葉の山です。
氷山の海面下のおおきな部分(心)を鍛える事が倫理の実践です。
 当初ご主人を立て直すつもりで入った倫理。ところが「夫の言う事を全てにハイと答えなさい」
と指導を受け、次第に自分自身が変わることにより、周りも変わって行く事に気付きました。
また、角田様の子供時代に見た、苦労に耐えるお母様の姿。今も心に残っております。
ご主人の苦難を乗り越える際の糧となったそうです。
魂の入ってない人は弱く、苦難に対し『ポキッ!』と折れてしまう。
 氷山の海面下の部分を見て、恩返しをして下さい。
恩にはレベルがあります。 ありがとうは低いレベルです。当たり前の言葉だから。
高い良い環境(倫理)に身を置き自分を磨きましょう。
 働く時もイメージを持って働きましょう。必ず実現します。それは、天が見ているからです。
我々は選別されているんです。失敗してもチヂ篭らず、明るく外に出ましょう。
波のある人生は神の愛なんですから。

 本日の参加60社63名でした。

お知らせ: 8月20日のセミナーより、現会場閉鎖のため会場が変わります。
       新会場は 『兼六城下町ホテル兼六』 です。
       お間違えの無いように。
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by rinri_center | 2009-07-23 20:50
 次回第195回(第7条)経営者モーニングセミナーの御案内
 7月23日(木) 講話者は (社)倫理研究所 法人スーパーバイザー
           角田 忝恵 様
           テーマは「己に勝つ倫理の実践」

今朝も4時半起床。
日に日に暑くなるが、この時間は涼しい。
さわやかな朝。
会長あいさつは飯山治郎会長。
モーニングセミナーは心を高め経営を伸ばす会です。
私もコーチングの会社をしていますが、相談相手には、10年後どうしたいか、
どうなりたいかを聞きます。
自分のポジション、そしてどういう人間になっていたいか?
それを考えると今足りない物が見えてきます。そして今どうすればいいか?
それが明確になります。ぜひやってみましょう。

本日の講師は、金沢高等学校学校長 本田吉夫様
おはようございます。
いつも子供達の前で話す事は多いのですが、
こんな社長さんばかりの前で話すことはないため緊張しています。
私は金大を卒業後、大阪の会社に就職し技術者として働いていました。
しかし昭和47~48年頃のオイルショック時に大失敗をして退職。
金沢に戻ってきました。
その時、大変ありがたかったのは母が何も聞かないでいてくれた事です。
ただ「いいよ」といってくれました。
当時私は26才、しばらくぼんやりしようと思いましたが、
母の言葉に励まされ職安に行き、学習塾に勤めました。
そして昭和50年、金沢高校の名物先生「駒谷良雲先生」と出会い、金沢高校に就職。
本当は教師なんてやりたくないと思っていたのですが、人生はわからないものです。
教師という仕事は大変です。仕事の内容の99%は大変で苦労の連続ですが、
残り1%に喜びと感動がある。
ずっとクラス担任をやってきましたが、1.2.3年、また1.2.3年と繰り返して
卒業する時がいちばん楽しく、またさびしい時です。

学校とは、そして私学とは生徒がどれだけ来るかが勝負です。
金沢高校は何度も生徒数が激減した時期がありました。
最初は昭和23年から26年。
戦後の新制高校の発足時です、447人が136人まで激減。
自動車学校や幼稚園まで手を広げ、生徒数の減少を支えました。
その後、戦後の復興が進み商業科の新設、男女共学制へ移行。
生徒数も1300人を超えました。
しかしベビーブーム後の志願者激減期を迎え再び減少。
41年には1331人だったのが、44年には524人にまで落ち込みました。
この時期、進学指導体制を強化し、長髪も許可。
文集「いずみの」を発刊します。
そして新たな発展期へ。
駒谷校長のもとユニークな教育課程を採用し、教育ではなく「共育」と位置づけ
積極的に改革を押し進めました。
女子向けの「華道」や「着付け」情報経営コース設置。
国際化に対応した「英語コース」高齢化へ対応した「介護コース」
さらに老朽化した校舎の増改築に着手。
進学率も大幅に向上しました。
昭和59年には2144名になり、平成には3500人台に増加しました。
私学は常に危機意識を持たないといけません。
公立と違って思い切った方針が可能です。思う事がやれます。
少子化を迎え、選ばれる学校としての魅力を作り出します。
私も実は、この場所に学校の売り込みにきているのです(笑)
よろしくお願いいたします。

本日の参加者は95名 社数は89社でした。
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by rinri_center | 2009-07-19 17:28
 次回第194回(第6条)経営者モーニングセミナーの御案内
 7月16日(木) 講話者は 金沢高等学校 学校長
           本田 吉夫 様
           テーマは「地域社会の信頼に応える私学経営」
                 -創立80周年の歴史の中で-

今朝も4時半起床。
すこし早めに会場入りしたら、なんといちばん。
設営の準備を始めたらぞくぞくと他の役員さんも到着、いつもの人数です。
会長あいさつでは、飯山治郎会長が「出会いの法則」を紹介。
親の親、また親と、自分より20代さかのぼると、なんと104万人。
これだけの人が自分の誕生に関わっているという事を知っておきましょう。
恋愛も出会った時にはうれしくて、会うたびにドキドキしますが、結婚して年月
が経つと感動がうすれてきます。
妻の手伝いにしても、手伝ってやっているという意識が先に出るようになります。
なにかをして見返りを求めているうちはダメです。
感動を忘れず、いつも新鮮な気持ちで、見返りを求めず、これが結婚の秘訣です。

本日の講師は、金沢美大准教授 荷方邦夫様
心理学博士、専門は認知心理学です。
これはどういう学問かと言うと「人のこころがわかる」を研究しています。

テーマは「ミスとロスをなくすコツとは」
まず「ヒューマンエラー」人の間違いとはなんでしょう?
意図しない状況下で発生するミス。
やるつもりはないのに、起こってしまってから気がつくミス。
そしてミスは人間のかしこさが引き起こすことが多いのです。
鈍い人ではなく、頭のいい人、認知的経済性が高い人がミスを起こしやすいと言えます。
なぜかいいますと、人は慣れてくると自動的に出来るように行動を処理します。
これを「スキーマ」こころのプログラムと言います。
ところがそこに似たような別の行動が入ってくると、やろうと思った事と別のことをしてしまうのです。
これがエラーになります。
つまり仕事が早く、手慣れているひとほど間違いやすいと言えます。
ハインリッヒの法則というものがあります。
重大な事故が1件起こるためには、軽い事故が30件、そしてヒヤリとした事例が300件、
そして安全を守らない辞令が3000件あると言われています。
ロシアのチェルノブイリの原発事故でも、これは同じだったのです。
他にも「干渉」というミスを起こす原因があります。
これは別の物事に邪魔されて本来の行動がとれない場合のミス。
そして「注意過剰」これは過剰な意識によるミス。緊張してつい起こしてしまうミス。
人前であがりやすい人が緊張して起こすミスです。
また「ミステーク」というルールによって起こるミスもあります。
これは人の知識の理解不全のために起こるミス。
ルールの解釈の違いがミスに繋がります。

それではミスを防ぐためにはどうしたらいいのでしょう?
ミスの少ない人にはある共通した傾向が見られます。
まず、人と話す事が好きな人、2人以上で仕事をすることが多い、
そして人と一緒にいて苦にならない人。
これは互いに声を掛け合う事によりミスを防ぐ効果があります。
そして思い込みを防ぐため、わからない時はすぐに行動しない。
そして自分に自信がなく、謙虚な方がミスが少ないのです。

ミスを少なくするには、
1 エラー禁止アプローチ
張り紙を目につく所に貼るとか。エラーの発生を押さえ込む方法。
2 エラーアフォード削除アプローチ
ミスを犯しやすい事柄を消してしまう方法。
3 フェイルセーフアプローチ
たとえエラーが起きてもその損失を最小にするための手を先に打っておく事。
これらが有効です。
ミスを防ぐには精神主義ではダメです、ミスを科学的に分析し見極める事が大切です。
そして自らの知識の質を高める事。
これがミスやエラーを防止する最良の方法です。

本日の参加者は60名 社数は59社でした。
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by rinri_center | 2009-07-12 16:40
 次回第193回(第5条)経営者モーニングセミナーの御案内
 7月9日(木) 講話者は 金沢市立美術工芸大学 准教授
                荷方 邦夫 様
          テーマは「ミスとロスをなくすコツとは」
                 

今朝も4時半起床。
会長あいさつでは、飯山治郎会長が、過去の自分の積み重ねが今の自分であると。
不況だから売り上げが落ちるのではない。
それは不況のせいではなく、自分の努力のせいだと思って努力する事が大切です。
ある会社での出来事です。あいさつ運動をはじめましたが、なかなか浸透しない。
悩んだ担当者がふと気づきました、なぜあいさつをしなければいけないのか?
同じ疑問を他の社員も持っているのではないかと。
そこに気がつき、みんなを集めてなぜしなければならないかを、考え答えをだしました。
それ以降はあいさつ運動は普及したそうです。
まず自分で答えを探す事、これがいちばん最初の気づきです。
まず自分が変わらないと、変わらない。すべてが、そこにあります。

本日の講話は、(株)オートモ代表 大友 哲様。
オートモと申します。制服の製造販売業を営んでおります。
当社は学校制服のイメージが強いのですが、今では売上の7割が学校制服関連で、
3割が企業向けユニフォームや白衣となっております。
創業は1892年で、衣料品の製造直売の形で始まりました。
その後、私の父の代になりまして、昭和30年代に学生服の専門店化をしました。
当時の学生服は、川上からの価格の統制が効いていまして、
安く売れば商品の供給を止められるような時代でした。にもかかわらず安く販売していましたら、
様々な圧力がかかりましたが、ちょうどこの様な制度が崩れかかった時でしたので、
うまく切り抜けることができました。
私の両親の話で、もう少し早く始めていたら紡績やメーカーによって潰されていただろうし、
もう少し遅く始めていたら同業者によって潰されていただろうと言っていたのが思い出されます。
昭和40年代に入りましたら、調子も上がってきまして、昭和45年に竪町店を出し、
昭和49年には現在の竪町本社ビルを建てました。
私は大学を卒業後、百貨店に婦人服を納めるアパレルに勤めておりましたが、
昭和55年に富山店を出すから戻って来いと父から言われて、オートモに入社しました。
富山にも同業者はおりましたが、同品質の学生服が金沢より2割方高く売られていました。
それで父も勝てると読んで店を出したのですが、何年たっても、色々なサービスを加えても、
数字が伸びません。何故なのかその時は理由がわからなくて、
学生服とはなんと特殊な商品なのだろうと思いました。
昭和60年に富山店を閉めて、金沢で学生服の販売に従事して初めてその理由がわかりました。
金沢ではオートモという店が頭から信用されていると感じました。学生服とは、
その店の信用で売る商品だということです。
そして信用とは、常に他社よりも優良な服を、それは素人目にもまた詳しい人にもすぐ判る様な
長所を持った服を作り続けることにより、それを買った人により、口伝えで広まって作られていくもの
と考えています。
昭和60年に父が脳溢血で倒れ、その後はしばらく取締役の合議による会社運用をしておりましたが、
平成7年には私が代表取締役副社長となり、平成9年には代表取締役社長となりました。
その前後には、少子化問題や平成10年の金融危機など多くの問題とぶつかりましたが、
それらを乗り越えて現在があるのも真面目に優良な制服を社会に提供し続けてきたことが
地域の人達の評価につながったのではと考えております。

本日の参加者は71名 68社 でした。
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by rinri_center | 2009-07-05 08:37